おすすめ図書の紹介(2018年4月)

『額田(ぬかたの)女王(おおきみ)』 井上靖 著

 万葉歌人として有名な額田女王と、大海人(おおあまの)皇子(みこ)(天武天皇)、中大兄皇子(なかのおおえのみこ)(天智天皇)を中心に書かれた小説です。物語は古代日本、大化改新後からはじまります。美しく神秘的な額田女王は二人の皇子の寵愛をうけますが、神の声を聞く巫女としての誇りから生涯どちらの妃にもならず、「心だけは誰にも渡さない」と誓います。意志の強い額田ですが、女性として母としての生き方が、少し哀しくも感じました。

 また、この小説は遣唐使派遣、蝦夷(えみし)征伐(せいばつ)、くり返される遷都、朝鮮半島出兵、壬申の乱など、時代背景が詳しく書かれ、歴史小説として読み応えがあります。

 要所要所で歌が詠まれていますが、そのあとには解釈が付けられているため歌心がなくてもわかりやすく、登場人物の心情がより伝わってきます。有名な「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」は最後の方にでてきます。

 初めてこの本を読んだのは十代のころ、宝塚歌劇団の「あかねさす紫の花」という舞台を観たのがきっかけでした。当時は中大兄皇子が大海人皇子から額田女王を奪うというイメージがありましたが、再読してみると強い男性(中大兄)に額田が惹かれていったのかなとも・・・。長編で最後まで読めるのかとも思いましたが、読み始めると、すーっとその世界にひきこまれていきました。

 著者・井上靖氏は歴史小説を書くときには、丁寧に史実を調べて書かれたようで、当時史学科の学生が井上氏を訪ねるほどだったというエピソードもあるようです。                       

                             (竹田)