おすすめ図書の紹介(2018年3月)

『金魚姫(きんぎょひめ)』 著者:荻原(おぎわら)浩(ひろし)

[あらすじ]

 江沢(えざわ)潤(じゅん)(28)はメモリアル商会という仏壇・仏具を扱うブラック企業に勤めている。同棲していた高校の同級生・亜結(あゆ)にも逃げられ、すべてに嫌気がさし死を覚悟した夜、祭囃子(まつりばやし)に誘われ近所の夏祭りに出かける。そこで金魚すくいをして一匹の琉金を掬い上げた。その日から彼の日々が変わり始める。亡くなった人の霊が見え、話も出来た。死者のリクエストを、その身内に知らせることで仏壇も売れ、営業成績もトップに。すべて琉金のおかげだったが、驚くことに、その琉金は時々美しい女性の姿になった。中国風の赤い衣装をまとい、時々中国語らしき言葉を話し、彼を振り回す。潤は琉金の琉から彼女をリュウと名づけた。でも、何故リュウが人間になれるのか謎だった。やがて、潤は、リュウとの生活の中で、もう一度生きる希望を見出していく。しかし、リュウが彼の前に現れたのには、彼女自身さえ気づかない秘密が隠されていた・・・・ミステリアスなラブ・ストーリー。

 

[私(わたし)の感想文] 

 過去と現在とを行き来する長編小説。本のタイトルとあらすじからは一件コミック小説のように思える。が、恋人に振られて会社でもうだつが上がらず自暴自棄になっているサラリーマンと、恋人を殺され金魚に変化し現代に無念を晴らそうとする女性とが出会い、人間模様が描かれていくところに引きつけられた。読み応えは十分だ。

 主人公の一人・江沢潤。高校時代までは球児として活躍していたのに社会人になってからはできない人間のレッテルを貼られ、さらに野球部のマネージャーをしていた彼女にも振られて酒浸りの日々。この主人公の設定は、今時のサラリーマンを描ききっており、親しみやすく、つい自分とも照らし合わせてしまった。最初の15ページで、僕自身が登場人物になっていた。

 そんな生活のなか、リュウと出会う。リュウは、古代中国で恋人を殺され無念を抱き、金魚に変化しながら現代の日本になぜか人として現れる。金魚のように華やかで美しい女性が目の前にいる感覚を覚えつつも、妖怪じみた、ちょっととっつきにくい登場人物が僕の前に現れた。潤とリュウの関係がどのように展開していくかが気になり始めた。

 潤がリュウと出会い生活を共にするなかで、様々な変化が訪れる。死んだ人が見えるようになるなんて僕たちは考えられないが、このストーリーの中では、あってもおかしくないように展開されていく。墓を売るのを生業とする潤の営業成績が、ぐんぐん伸びていくとともに、周囲からの目も変わる。そんな彼の姿が、ごく普通のサラリーマンの日常生活を切り取っている。そしてリュウの存在により切なさを演出する。エンディングは自分自身が潤になっているかのように、胸が締め付けられる思いで読み終えた。「え? ハッピーエンドじゃないの? いや、こういう終わり方も一つのハッピーなのかもしれない…」としばし考えたくらいに。

 この本は、NHK-FMで平日22時45分から放送されている「青春アドベンチャー」で、ラジオドラマ化されていたのを聴いたのがきっかけで、サピエからデイジー版をダウンロードして読んだ。ドラマでは、リュウの金魚の振る舞いと中国の美しい女性の愛憎とが折り重なって、エキゾチックに描かれていた。過去と現在を行ったり来たりするストーリーは、最近ではありふれた感はあるが、美しい女性が金魚に変化して、現在で無念を晴らすというコンセプトに、独自の味わいがあると思う。そして、読み終えて「もしかして近所のあの家では、こんな日常が繰り広げられているのかもしれない…」と思うと、不思議な気分になった一冊であった。

 [著者紹介] 荻原(おぎわら)浩(ひろし)

1956年、埼玉県生まれ。広告会社勤務を経て、コピーライターとして独立。

1997年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

2005年『明日(あした)の記憶』で山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で

山田風(ふう)太郎(たろう)賞を受賞。

『砂の王国』『愛しの座敷わらし』『誘惑ラプソディー』『花のさくら通り』

『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』など著作多数。

(御園(みその))