週刊朝日製作に携わっていたころ(その二)

所長  川崎 弘

 

 8月になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。お変わりございませんか。

 8月は鎮魂の月です。8月6日、9日、15日それぞれに思いを捧げたいと思います。本当はもっともっと多くの日に思いを捧げなければなりませんね。いまではこの広島原爆忌、長崎原爆忌、終戦の日のことを知らない方が増えていると聞きます。私たちの世代の責任を感じます。長崎出身の私は8月9日を恒久平和を願う日と教えられてきました。心穏やかに過ごしたいものです。

 さて、週刊朝日が5月30日発売の6月9日号をもって101年の歴史に幕を下ろした件については6月号で取り上げました。7月号では私が製作に関わった思い出話を少々させていただきましたが終わりませんでしたので今月号も続けます。読み飛ばしてください。

 3名ないし4名で完成させていただいたマスターテープから、テーププリント用のマスターテープを作成します。音訳冒頭の部分には当時、音訳者の方からのご挨拶が入っていました。このご挨拶から目次にかけての部分に、ジョニー・ピアソンの「朝もやの渚」という曲をミキサーを使って重ねます。この音楽はオープンリールテープに入っていましたが、四街道へ移転してからは、音訳会より提供されたCDプレーヤーを使用するようになりました(CDは担当職員から提供)。これが結構いい感じに入るんです。現在では完全に著作権法違反(もちろん当時でも)ですが当時は全国津々浦々でこのような製作方法がとられていたのですから優雅な時代だったんですかね。カセットテープではデイジーのように記事と記事のあいだの検索ができませんのでビープ音をダビングし「トーンインデックス」として利用したこともありました。早送りや巻き戻しをキュルキュル音を出しながら行うと「ピッ」というので記事と記事の間を行き来することができたものです。(音楽をかぶせていたこともあります)こうしてプリント用のマスターテープが完成するといよいよテーププリンターを使用し高速プリントです。このプリンターには消去ヘッドが搭載されていなかったため、あらかじめ返却されたカセットテープは消磁器を使用し前の音を消しておく必要がありました。当時の高速プリンターはA面、B面同時プリントで60分テープは3分45秒で完成でした。一回のプリントで11巻ほど行っていました。その後、B面のはじめ、巻き戻してA面のはじめがちゃんとプリントされているかを確認し完成です。2巻組で300組ほどを製作していました。発売から1週間遅れくらいで利用される皆さんのところへ郵送されるのは現在と変わりません。もちろんデータダウンロードでお聞きの方へはプリント、郵送の分早くお届けできます。時代は大きく変わりましたが製作に関わる方々の思いは変わりません。

あらためてこれまでの皆様のご尽力に感謝申し上げます。

多くの皆様に支えられ、私たち職員一同、これからも、これまで以上に皆様に利用していただける施設づくりを目指しますので今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。