「平和」教育は「偏向」教育ですか?

(「偏向」の意味は、考え方などがかたよっていることとされています。)

所長  川崎 弘

 9月になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。お変わりございませんか。

 8月も暑かったですね。夏は暑くなければと思いつつもその暑さが堪えました。爽やかな秋風が恋しいところです。

 さて、この原稿を書いているのは8月16日です。(ばらしてしまいました!)

 今年も8月6日の広島原爆忌、9日の長崎原爆忌、15日の終戦の日それぞれに思いを捧げました。本当はもっともっと多くの日に思いを捧げなければなりませんね。8月号でも書きましたが、いまではこのようなことを知らない方が増えていると聞きます。私たちの世代の責任を感じます。

 長崎出身の私は8月9日を恒久平和を願う日と教えられてきました。年を取るごとに8月9日の長崎原爆忌において発出される長崎市長の平和宣言と、内閣総理大臣の式辞との内容の乖離がはっきりしてきたように思えます。広島、長崎、沖縄の方は特にそう思う方が多いのではないでしょうか。冷静に考えると核兵器に対する考え方の根本が違うので仕方がないのでしょうが、これをどちらかの考え方に誘導したら偏向教育と言われ炎上してしまいます。ただ、事実を伝え子どもたちに考えさせる平和教育まで偏向教育といわれてしまうとそれは違うといいたいです。

 8月15日付けの毎日新聞で、東京都世田谷区にある私立和光小学校の昨年度の6年生が1年間かけて平和について学んだなかで疑問に感じたこと(なぜ、防衛費を増やさなければならないのかなど)を岸田首相にお手紙にしたためたとの記事が載りました。首相は記者会見にあわせ一言ふれたようですが、疑問の払拭ができなかったため、中学生になった生徒があらためて手紙を書いたが音信がないとのことでした。さっそく賛否両論でネット上はにぎやかです。ちゃんと教えられない教師がだらしないとか、家に鍵をかけて防衛するのと何ら変わらないとか様々です。同じ疑問を抱いて悶々としている私にとっては、子どもたちが抱いた疑問に丁寧にこたえ、納得させられないような政策は国民の多くから支持を受けることは難しいと思うのです。私は、小・中・高と日本史では古代や中世はずいぶん時間をかけたように思いますが明治維新以降については時間切れで一切習ったことがありません。他の科目ではありえないことですよね。私だけでしょうか。そういう意味では和光小学校はちゃんと教育していると思えますが炎上しますか?

 多くの皆様に支えられ、私たち職員一同、これからも、これまで以上に皆様に利用していただける施設づくりを目指しますので今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。